[小説]Aurora syndrome 1/壱五周年をむかえて

November 20, 2010

[小説]Aurora syndrome 2/弐

『はい』

 目当ての少女からは5コールを待たずに返答があった。彼女の番号だと気付いてか特に警戒する様子もない。屈託ない弾んだ声に自然と頬を緩ませる結果になる。

「もしもし? 紫乃ちゃん?」
『こんにちは。どうかしたんですか、あさとさん』

 彼女にその名前を呼ばれて僅かな違和感を覚える。しかし今はそれよりも、一人の少女の消息のほうが気がかりだ。安里は構わずに本題を続けることにした。
「今日って朝斗…あー、鴇田朝斗は来てる? なんだか連絡がつかなくて」
 聞き出すのは勿論彼女達の共通の友人の話。アサトと名指そうとして、探す自らも『あさと』と名乗っていることを思い出し、苗字を付け加えた。困惑が通じてしまったのか、電話口では少し戸惑いの気配。え、あの、と暫く考えた後に応答がある。
「鴇田さんですか? ええと」
 直後、電話の向こうから聞こえてきたその答えは、安里を動揺させるだけの力を持っていた。傍らの相方の目にも判る程度に、じりりと指先に力が入る。小さく呼吸を止める。
 紫乃は、『朝斗』と同じ大学に通っている少女は、こう言った。

「ごめんなさい。私はその方と知り合いではないですね」

 その声は安里の相方――会話を繋ぐ『携帯端末』にも通じている。
 反応が一拍程遅れる。それは理解し得ぬ答えだったからか、思い当たる節があるからか。伺い見る携帯端末には、その表情からだけでは彼女の本心までを察することは出来なかった。
 うちの大学の人ですよね?言葉が耳奥をすり抜けていく。冗談を言っているとは到底思えない、心からの疑問を提示してくる彼女。一縷の望みを求め、尚も安里は遮る。

「紫乃、紫乃ちゃん?」
 戸惑いと共に名前を呼ぶ。怪訝そうに、はい、と返答があった。

「どうかしましたか? 朝斗さん」

 じわじわと背筋へ冷たさが広がっていた。携帯電話にはその感覚が理解できないが、主人の顔色の変化は嫌と言うほど確かめている。
「私じゃない、私は、安里だよ。朝斗は――」
 何を言えばいいか分からなかった。朝斗さん?と、三度名前を呼ばれる。安里は動揺を包めて息を飲み込んだ。そうだ、彼女は自分を何と呼んだか。安里のことを『篠宮』ではなく、アサトと呼ばなかったか。普段なら彼女は、親友の親友へ親しみを込めて苗字を呼んでいたはずだった。
 アサトは彼女のための呼び名。表向きの、一般的な大学生として生活する彼女の。

 それにかぶさるように、電話のアナウンスが反芻される。
 お掛けになった番号は、現在使われておりません。

 緩慢と閉ざした目を、ゆっくりと開ける。今や、安里は冷静さを取り戻していた。とくとくと忙しい心音を抑え、抑揚もない声を持って伝えた。

「ごめん、話があるの。今日の午後から、会える?」




asa10_s at 19:41│Comments(0)小説。創造と想像 

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