November 22, 2009
空想物書きの構想 1[小説]
「来ちゃった、じゃないよ…」
脱力しながらも部屋の住人である私は、にんまり笑顔の彼女に応答した。
「一体何時だと思って…」
「気にしない気にしない。僕と君の仲じゃないか」
ドアの向こうに居たのは、セミショート丈の髪の少女だった。少女と言っても風貌は二十歳前後、私よりは幾つか年下のはずだ。喋り方はいつも何処か芝居がかっていて、それに合わせて自分のことを『僕』と称している。
「そういった訳で、お邪魔してもいいかな?」
渋る私に、少女はさらに腕を掲げて見せる。その右手には布製のショッピングバッグ。
「君の好きなソルティドッグも一緒だよ、あさと」
あさと、と呼ばれる私。それよりも、彼女の台詞に顔色が僅かに回復する。
夜更けにも関わらず友人である私の部屋に上がりこんだ少女は、反対の腕に抱えていた紙の箱をテーブルの上に据えた。
「葛はらの和菓子を買ってきたけど、食べないかい」
「葛はら…ああ、清花ちゃんのところの」
勧められるままに蓋を開ける。中には季節を模った練り切りに大福。そして片隅には色鮮やかな金平糖。それらをみて、思わずほう、と息を吐く。
「本当はソレイユのタルトと迷ったのだけれど、朝斗は和菓子が好きだろう?」
「ソレイユか…うーん、そっちも捨て難いなぁ」
有名洋菓子店の看板商品を思い浮かべながら、うんうんと納得を返した。差し入れのカクテルを有り難く戴き、それでも私は不信感を拭えないままだった。
何故かと言うと、それは勿論、目の前の『彼女』。
私は一息をついてから、おもむろに彼女を振り返る。
「それで?」
「ん?」
彼女はキッチンスペースから勝手にグラスを出してきてアルコールを注いでいる。
「ん?じゃないでしょ。今日はどうして来たのかって聞いてるの」
「何故って、理由が無いと訪れては駄目なのかい?」
「それは反対でしょう。あんたは理由が無いと訪れない。――違う?『アサト』」
そう。アサトだ。彼女も、そして私も。
正しくは、彼女は鴇田朝斗。私であって私でない存在。謎掛けでも禅問答でもなんでもない。この歪みこそが、この場所に於いて真実に一番近かった。
「随分な言い分だね、あさと」
鴇田朝斗は涼しげに笑う。まるで舞台の上に居るような。流石はあるところの魔王が『美少年めいた』と称するだけはある。
厳密に言うと、私と鴇田朝斗も完全に同じ人物ではない。
私は彼女に成り得るが、彼女は私には成り得ない。それはこの世界の理に帰属している。
この透明な箱の中にいるからこそ。そして私が私たる所以だ。
ちなみに、『トキタアサト』はもう一人存在する。しかし『彼』だけは私達とは違い向こう側の人間だ。それは私が名前を与えたからに過ぎないからであって、彼の存在する世界自体がイレギュラーの所為でもある。
「まぁいいか。隠していても仕方が無い。実は、来て欲しいところがあるんだ」
彼女…私ではないアサトはグラスを傾けながら答える。
私は自分の表情が怪訝に歪むのを感じた。
「それは、どっちの話?」
「安心していいよ。『こっち』の話」
そう笑って、人差し指を床に向ける。
「どうせ明日は休みだろう?こんなところに籠っていても身体に悪いのだから、少し付き合ってくれないか」
「身体に悪い、って、これでも食事は毎日自炊出来るんだから」
「また君は。突っかかるところが微妙にズレるね」
さすが朝斗だよ、とアサトは目を細める。
褒められている気なんて勿論全くしないけれど、彼女の一挙手一投足はまるで芝居を見ているようで不必要に嫌悪を感じたりもしない。
ただ、面倒臭さは先行するのだけれど。
「だから、来てくれるね?」
曲がりなりにも、私は私だ。彼女…『アサト』がそうであるように、私にも興味・好奇心というものは充分に備わっている。
「ちょっと待て」
「なんだい、朝斗」
私は優雅にグラスを傾けるアサトを睨んだ。
「あんた、なんで一人で白ワイン開けてんの」
「だって、君はソルティ・ドッグが好きなんだろう?」
分かっているのかいないのか。否、確実に分かって言っているのだろう。
アサトはニヤニヤと笑いながら、またグラスに透明な飲み物を注いだ。
こいつは本当に、どうでもいいところまで私だ。
これでは明日、一体何処に連れて行かれるのか。楽しみなようで大いに不安でもある。
脱力しながらも部屋の住人である私は、にんまり笑顔の彼女に応答した。
「一体何時だと思って…」
「気にしない気にしない。僕と君の仲じゃないか」
ドアの向こうに居たのは、セミショート丈の髪の少女だった。少女と言っても風貌は二十歳前後、私よりは幾つか年下のはずだ。喋り方はいつも何処か芝居がかっていて、それに合わせて自分のことを『僕』と称している。
「そういった訳で、お邪魔してもいいかな?」
渋る私に、少女はさらに腕を掲げて見せる。その右手には布製のショッピングバッグ。
「君の好きなソルティドッグも一緒だよ、あさと」
あさと、と呼ばれる私。それよりも、彼女の台詞に顔色が僅かに回復する。
夜更けにも関わらず友人である私の部屋に上がりこんだ少女は、反対の腕に抱えていた紙の箱をテーブルの上に据えた。
「葛はらの和菓子を買ってきたけど、食べないかい」
「葛はら…ああ、清花ちゃんのところの」
勧められるままに蓋を開ける。中には季節を模った練り切りに大福。そして片隅には色鮮やかな金平糖。それらをみて、思わずほう、と息を吐く。
「本当はソレイユのタルトと迷ったのだけれど、朝斗は和菓子が好きだろう?」
「ソレイユか…うーん、そっちも捨て難いなぁ」
有名洋菓子店の看板商品を思い浮かべながら、うんうんと納得を返した。差し入れのカクテルを有り難く戴き、それでも私は不信感を拭えないままだった。
何故かと言うと、それは勿論、目の前の『彼女』。
私は一息をついてから、おもむろに彼女を振り返る。
「それで?」
「ん?」
彼女はキッチンスペースから勝手にグラスを出してきてアルコールを注いでいる。
「ん?じゃないでしょ。今日はどうして来たのかって聞いてるの」
「何故って、理由が無いと訪れては駄目なのかい?」
「それは反対でしょう。あんたは理由が無いと訪れない。――違う?『アサト』」
そう。アサトだ。彼女も、そして私も。
正しくは、彼女は鴇田朝斗。私であって私でない存在。謎掛けでも禅問答でもなんでもない。この歪みこそが、この場所に於いて真実に一番近かった。
「随分な言い分だね、あさと」
鴇田朝斗は涼しげに笑う。まるで舞台の上に居るような。流石はあるところの魔王が『美少年めいた』と称するだけはある。
厳密に言うと、私と鴇田朝斗も完全に同じ人物ではない。
私は彼女に成り得るが、彼女は私には成り得ない。それはこの世界の理に帰属している。
この透明な箱の中にいるからこそ。そして私が私たる所以だ。
ちなみに、『トキタアサト』はもう一人存在する。しかし『彼』だけは私達とは違い向こう側の人間だ。それは私が名前を与えたからに過ぎないからであって、彼の存在する世界自体がイレギュラーの所為でもある。
「まぁいいか。隠していても仕方が無い。実は、来て欲しいところがあるんだ」
彼女…私ではないアサトはグラスを傾けながら答える。
私は自分の表情が怪訝に歪むのを感じた。
「それは、どっちの話?」
「安心していいよ。『こっち』の話」
そう笑って、人差し指を床に向ける。
「どうせ明日は休みだろう?こんなところに籠っていても身体に悪いのだから、少し付き合ってくれないか」
「身体に悪い、って、これでも食事は毎日自炊出来るんだから」
「また君は。突っかかるところが微妙にズレるね」
さすが朝斗だよ、とアサトは目を細める。
褒められている気なんて勿論全くしないけれど、彼女の一挙手一投足はまるで芝居を見ているようで不必要に嫌悪を感じたりもしない。
ただ、面倒臭さは先行するのだけれど。
「だから、来てくれるね?」
曲がりなりにも、私は私だ。彼女…『アサト』がそうであるように、私にも興味・好奇心というものは充分に備わっている。
「ちょっと待て」
「なんだい、朝斗」
私は優雅にグラスを傾けるアサトを睨んだ。
「あんた、なんで一人で白ワイン開けてんの」
「だって、君はソルティ・ドッグが好きなんだろう?」
分かっているのかいないのか。否、確実に分かって言っているのだろう。
アサトはニヤニヤと笑いながら、またグラスに透明な飲み物を注いだ。
こいつは本当に、どうでもいいところまで私だ。
これでは明日、一体何処に連れて行かれるのか。楽しみなようで大いに不安でもある。
asa10_s at 04:02│Comments(0)│小説。創造と想像