January 18, 2009
三毛猫とミルクティー 4(終)[小説]
再び公園に差し掛かったところで、突然皐月さんが足を速めた。
入り口から見えたのは花時計と噴水。そのすぐ側のブランコに、幼い女の子が座っている。
「華ちゃん?」
彼女が声をかけると、俯いていた少女が顔を上げる。
その表情が一気に輝いた。
「おかぁさん!」
ブランコから飛び降りて、ぱたぱたと跳ねるように駆け寄ってくる。そしてしっかりと母親の腕に抱きしめられると、安心したようにぴったりとくっついた。
「もう、どこに行っていたの。駄目じゃない」
「ごめんなさい…」
決まり悪そうに小さな声で謝る。ほんとにもう、と嗜める母親もまた、眉を顰めながらも口元が綻んでいる。どうやら、はぐれた場所から近い公園に戻ってきていたらしい。
とにかく、大事に至らなくて良かった。二人の様子を微笑ましく見守っていると、ふいに華ちゃんが僕の存在に気がついた。
「あ、さっきのお兄ちゃん!」
無邪気に喜ぶ彼女に、一方で僕は内心首を傾げる。『さっき』?どこかで擦れ違っていただろうか。そのうちに皐月さんが顔を上げた。
「ありがとう、和弘くん」
「見つかって良かったですね」
包み込む太陽の微笑みにつられるように笑って、それから屈んで少女にも笑顔を返した。
「華ちゃんも、もうはぐれちゃ駄目だよ」
「うん!」
折れそうな細い首で精一杯頷いた。やっぱり子供は元気の塊だ。眩しくて、大人が思う以上に頑丈で。
皐月さんが華ちゃんの頭を撫でる。華ちゃんは嬉しそうに目を細める。
二人の影越しに、傾き始めた太陽が光っていた。少し離れたどこかで鬼ごっこをしている子供達の声がする。木枯らしで銀杏の葉がかさかさと舞った。もうすっかり日も短い。
「和弘?」
ふいに知った声で名前を呼ばれて、僕はゆっくり振り向いた。
そこにはビニール袋を手に提げたスーツ姿の男。
「あ、恵さん」
思いがけずバイトの雇い主に会って、僕は破顔する。
「どうしたんですか?こんなところで」
尋ねると彼は何ともなしにビニール袋を掲げて見せた。袋の表には馴染みの喫茶店のロゴが入っている。
「コーヒーを買いにな。お前こそ何してたんだ、こんな場所で」
「僕は迷子探しですよ」
恵さんは暫く僕の顔を見て、それからちらと辺りを見回した。
「一人で?」
「一人?まさか」
訝しげに返されて、思わず苦笑する。そうして、すぐ傍の皐月さん親子を紹介する。
いや、正しくは紹介しようとした。けれどそれは叶わなかった。なぜなら数歩後ろに居たはずの彼女達が居なくなっていたからだ。
周りを見回しても人影は無い。二人の姿を隠してしまいそうな障害物も無い。あるのは空のブランコと、低い山茶花の生垣。それからその枝にかけられた、あの人に貸したはずの赤いマフラー。
どうして、と一瞬だけ戸惑う。
けれどなんとなく、ああやっぱりという気もしていた。
気配のようなものだろうか。最初に会ったときのあの不思議な感覚。それから、自販のミルクティーをゆっくりと飲む彼女の様子と。
「まさか、ね」
一人呟きながら、ふっと口角をあげる。
花を傷めてしまわないようマフラーをそっと外した。暖かな朱の色は誰かの手によって丁寧に置かれたように見えた。茂みの向こうに三毛色が揺れた気がしたのは、多分気のせいだろう。
「そうだ。ちょっとケーキ買いに行きませんか」
「ケーキぃ?なんでまた」
面倒そうに眉根を寄せる彼を尻目に、異論を唱えさせないよう勝手に荷物を引き取る。
何度も言うが、こういうのは得意だ。伊達にあの事務所で接客係などやっていない。
「絵那さんから教わったケーキ屋がこの辺りなんです。小さなお店だけど美味しいらしいですよ」
それを黙って見過ごしながら、恵さんは軽く溜め息を吐いた。
「……モンブランがあるなら」
勝ち誇ったようににこりと笑って、僕は彼を先導するために道を指す。
そうして、コンクリートに敷き詰められた枯れ葉の上を、二人で歩いていった。
入り口から見えたのは花時計と噴水。そのすぐ側のブランコに、幼い女の子が座っている。
「華ちゃん?」
彼女が声をかけると、俯いていた少女が顔を上げる。
その表情が一気に輝いた。
「おかぁさん!」
ブランコから飛び降りて、ぱたぱたと跳ねるように駆け寄ってくる。そしてしっかりと母親の腕に抱きしめられると、安心したようにぴったりとくっついた。
「もう、どこに行っていたの。駄目じゃない」
「ごめんなさい…」
決まり悪そうに小さな声で謝る。ほんとにもう、と嗜める母親もまた、眉を顰めながらも口元が綻んでいる。どうやら、はぐれた場所から近い公園に戻ってきていたらしい。
とにかく、大事に至らなくて良かった。二人の様子を微笑ましく見守っていると、ふいに華ちゃんが僕の存在に気がついた。
「あ、さっきのお兄ちゃん!」
無邪気に喜ぶ彼女に、一方で僕は内心首を傾げる。『さっき』?どこかで擦れ違っていただろうか。そのうちに皐月さんが顔を上げた。
「ありがとう、和弘くん」
「見つかって良かったですね」
包み込む太陽の微笑みにつられるように笑って、それから屈んで少女にも笑顔を返した。
「華ちゃんも、もうはぐれちゃ駄目だよ」
「うん!」
折れそうな細い首で精一杯頷いた。やっぱり子供は元気の塊だ。眩しくて、大人が思う以上に頑丈で。
皐月さんが華ちゃんの頭を撫でる。華ちゃんは嬉しそうに目を細める。
二人の影越しに、傾き始めた太陽が光っていた。少し離れたどこかで鬼ごっこをしている子供達の声がする。木枯らしで銀杏の葉がかさかさと舞った。もうすっかり日も短い。
「和弘?」
ふいに知った声で名前を呼ばれて、僕はゆっくり振り向いた。
そこにはビニール袋を手に提げたスーツ姿の男。
「あ、恵さん」
思いがけずバイトの雇い主に会って、僕は破顔する。
「どうしたんですか?こんなところで」
尋ねると彼は何ともなしにビニール袋を掲げて見せた。袋の表には馴染みの喫茶店のロゴが入っている。
「コーヒーを買いにな。お前こそ何してたんだ、こんな場所で」
「僕は迷子探しですよ」
恵さんは暫く僕の顔を見て、それからちらと辺りを見回した。
「一人で?」
「一人?まさか」
訝しげに返されて、思わず苦笑する。そうして、すぐ傍の皐月さん親子を紹介する。
いや、正しくは紹介しようとした。けれどそれは叶わなかった。なぜなら数歩後ろに居たはずの彼女達が居なくなっていたからだ。
周りを見回しても人影は無い。二人の姿を隠してしまいそうな障害物も無い。あるのは空のブランコと、低い山茶花の生垣。それからその枝にかけられた、あの人に貸したはずの赤いマフラー。
どうして、と一瞬だけ戸惑う。
けれどなんとなく、ああやっぱりという気もしていた。
気配のようなものだろうか。最初に会ったときのあの不思議な感覚。それから、自販のミルクティーをゆっくりと飲む彼女の様子と。
「まさか、ね」
一人呟きながら、ふっと口角をあげる。
花を傷めてしまわないようマフラーをそっと外した。暖かな朱の色は誰かの手によって丁寧に置かれたように見えた。茂みの向こうに三毛色が揺れた気がしたのは、多分気のせいだろう。
「そうだ。ちょっとケーキ買いに行きませんか」
「ケーキぃ?なんでまた」
面倒そうに眉根を寄せる彼を尻目に、異論を唱えさせないよう勝手に荷物を引き取る。
何度も言うが、こういうのは得意だ。伊達にあの事務所で接客係などやっていない。
「絵那さんから教わったケーキ屋がこの辺りなんです。小さなお店だけど美味しいらしいですよ」
それを黙って見過ごしながら、恵さんは軽く溜め息を吐いた。
「……モンブランがあるなら」
勝ち誇ったようににこりと笑って、僕は彼を先導するために道を指す。
そうして、コンクリートに敷き詰められた枯れ葉の上を、二人で歩いていった。
End.
※彗星舎・輪音さんの競演企画『第二回三題噺』への参加作品です。
お題:恵比寿、携帯電話、枯れ葉
※彗星舎・輪音さんの競演企画『第二回三題噺』への参加作品です。
お題:恵比寿、携帯電話、枯れ葉
asa10_s at 22:42│Comments(3)│小説。創造と想像
この記事へのコメント
1. Posted by 朝斗 January 18, 2009 22:42
後書
今回の主人公は大学生の男の子、和弘。
実は過去作品にちょっとだけ登場した人物でした。
なのでバイト先の『彼』もちょっとだけ登場。そして、彼らが誰なのかを分かった上でもう一度読むとまた違った意味で面白いように創ってみました。
(気になるかたは『ユリカ』を是非)
結局皐月さんと華ちゃんは何者か?
これも最後まで読むと、『おい、タイトル!タイトルネタバレ!』ってツッコミが出来るかと。
ちなみにニュアンスとしては『cats and tea』であって『with the cat』ではないことだけは書いておきます。
今回の主人公は大学生の男の子、和弘。
実は過去作品にちょっとだけ登場した人物でした。
なのでバイト先の『彼』もちょっとだけ登場。そして、彼らが誰なのかを分かった上でもう一度読むとまた違った意味で面白いように創ってみました。
(気になるかたは『ユリカ』を是非)
結局皐月さんと華ちゃんは何者か?
これも最後まで読むと、『おい、タイトル!タイトルネタバレ!』ってツッコミが出来るかと。
ちなみにニュアンスとしては『cats and tea』であって『with the cat』ではないことだけは書いておきます。
2. Posted by 輪音 January 23, 2009 01:28
何となく「×××Holic」を連想しました。
映像が目に浮かぶようで、なかなか楽しい雰囲気です。
ケーキ屋さんに向かう二人、というものもいいものです。
力作をありがとうございました。
映像が目に浮かぶようで、なかなか楽しい雰囲気です。
ケーキ屋さんに向かう二人、というものもいいものです。
力作をありがとうございました。
3. Posted by 朝斗 January 23, 2009 02:56
輪音さん
xxxHOLiC、確かに、言われればそうかもしれません。やはり気付かずとも影響は受けているようですね。
ちなみにケーキ屋さんのくだりは過去作品のパティシエが居るつもりで書いていました。
花陰に、のほうのパティシエが営む小さなお店。
どうやら第九回のほうも開始したようなので、次はそちらに挑もうと思います。
xxxHOLiC、確かに、言われればそうかもしれません。やはり気付かずとも影響は受けているようですね。
ちなみにケーキ屋さんのくだりは過去作品のパティシエが居るつもりで書いていました。
花陰に、のほうのパティシエが営む小さなお店。
どうやら第九回のほうも開始したようなので、次はそちらに挑もうと思います。