ありし日の落日 1[小説]ありし日の落日 3(終)[小説]

January 03, 2009

ありし日の落日 2[小説]

「――何故、お前がそれを持っている」

 コウヤという男は、動揺を隠しながらじっとボスの顔を見つめていた。
「それは…」
 立ち入り禁止区域のエレベーターホール。新米秘書風の彼の手には、執務室に上がるための認証キー。勿論、ホストキーは私が持っているのだから非合法に作ったスペアだ。
 殺気と猜疑に溢れたボスの視線。そんなものを向けられても、迷い込んだネズミは怯まなかった。

 銀縁の向こう、むしろ、その瞳は何の色も無く。
 それを見てわたしは気がついた。ああ、彼はネズミではないのだと。

「捕らえろ」
 その一言で、ホール前に『警備』が溢れた。殺傷用の銃を携えた人間の群れ。しかし高谷は警備の隙をついて、人の波の間をすり抜け駆け出した。

「『鈴花』」
「はい」
 そのやり取りだけで、わたしもまた戦線に駆り出される。鈴は時として盾に、そして、時として刃になる。

 しかし、わたしの心は違っていた。
 何をするべきなのかを知っていたからだ。これから起こることのために、わたしが取るべき道は見えていた。

 そして、わたしの行く末も。


 迷路のように入り組んだ建物の中では簡単に追いつくことが出来た。
 けれども彼も、人間にしてはうまく隠れている。その証拠に、他の警備の人間は誰一人彼の居場所を特定できていない。
 地下一階、裏口まで僅か数メートルの予備リネン室。まるで人の気配もない、ビルの人間でも見落としがちな小さな部屋は器用に鍵が外されていた。
 その扉の前で、わたしは彼の到着を待っていた。

 程なくしてやってきたのは、先刻の高谷という男。
 彼は待ち伏せしていたわたしを見て、反射的に懐に手を入れた。何を求めたのかも定かでないまま、それをやんわりと制す。
 勿論、彼が驚いたのは言うまでもない。そして更に彼が驚くべき言葉を投げかける。

「こっち」

 混乱と警戒の色が交じる。当たり前だ。彼を侵入者だとすればここは敵の本拠地で、わたしは彼の敵ということになる。

「お前…」
「裏口はもう固められてる。逃げるなら運搬口がいいわ」

 その言葉を信用してもらえると思ったわけではなかった。けれどそんなことはどうだっていい。例えば高谷がわたしを信じずに捕まってしまっても、つまりは彼の運命が『それまで』だってことだけだ。

 きっとそれはそれで、運命は転がっていく。綺麗に軌道を修正されながら。






asa10_s at 00:25│Comments(0)小説。創造と想像 

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